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ロリー・ギャラガー「Bad Penny」

数あるエレキギターの形状の中でも、
ストラトキャスターが好きだ。

何かのはずみで人生がリセットされて、
僕がまだギターを持っていない状況になっても、
最初の一本はストラトキャスターを選ぶだろうし、
数年間はそいつを弾きこむだろう。

ストラトキャスターのどこに惚れ込んでいるのかといえば、
まずあの美しさと弾きやすさだ。
カラダに馴染むコンタード・ボディにダブルカッタウェイ。
プレイに忠実なアッシュ材。

さらにシングルコイルピックアップによる、
リア側のトレブリーな音、
フロントの太くて甘い音、
そしてハーフトーンのエロさ、
何よりストラトといえば枯れたサウンド、
アンプやエフェクターの組み合わせで無限のサウンドメイクができる。

とまあ、ちょっと専門的なことをいいましたが、
弾きやすさやサウンドへのこだわり以上に、
「ストラトキャスター使い」の皆さんが好きというが大きい。
要はカッコいいからです。

ストラトキャスター使いといえば、
バディ・ホリーにはじまり、
ジミヘン、クラプトン、ジェフ・ベック、レイ・ヴォーン、
マジック・サム、オーティス・ラッシュ、バディ・ガイ、
ピート・タウンゼンド、
ミック・ロンソン、
ジョン・メイヤー、
アンディ・サマーズ、
ナイル・ロジャースなどなど数え上げたらキリがない。

何よりオールウェイズ〜エキゾティクス時代の柴山さんが、
一番大きな理由なんですけどね。

そして今日はロリー・ギャラガーについて語ろうと思います。

上記にあげたギタリストと比べたら、
我が国ではあまり知られていない感じですけど、
知ってるもんはよう知ってる。
好きな人はとことん好き。

ジョン・レノン、ジミヘンも大絶賛、
クイーンのブライアン・メイにも多大な影響を与え、
ストーンズのミック・テイラーの後任候補、
ディープ・パープルのリッチーの後任候補、
マディの「ロンドン・セッションズ」をはじめ、
数々の大物とのセッション、
第二のクリーム、一人レッドツェッペリンなど、
数々の異名をもつプレイヤー。

愛用の1961年製ストラトキャスターが有名ですが、
それが汚いのなんの!
塗装が剥げまくってボロボロ・・・。

盗難にあった挙句、
どこかの公園で雨ざらしになって放置されていたそうで、
塗装はそのダメージによるものとされているんだけど、
亡くなるまで塗り直すこともなく、
それをそのままずっと愛用していました。

白人ブルースギタリストとして、
ズバ抜けた派手さはないんだけど、
そこがふつうにカッコいい。
奇をてらわず当たり前に弾く姿が聴く者の心を揺さぶる。

ぜひジュリーファンの皆さまにも好きになってもらいたくて、
「感じすぎビンビン」なこの曲を聴いて下さい。


8枚目の「Top Priority」というアルバムに入っています。
コテコテのブルースアルバムでなく、
ちょっとハードな作品だけど、
僕はこれを聴いてると背筋がピンと伸びます。
       

 

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ストレイキャッツ「涙のラナウェイ・ボーイ」

昨日の「猫のはなし」に続き、
今日は「はぐれ猫のはなし」をします。


59年製のGRETSCH6120、
アップライトのベース、
スタンディング・ドラムのトリオ編成、
ネオロカビリーの創始者、ストレイ・キャッツだ。


中でも1981年の「涙のラナウェイ・ボーイ」は名盤中の名盤。
「ロック・タウンは恋の街(Rock This Town)」は、
今も僕の「お気に入りギター洋楽」のひとつで、
ときどきウォーミングアップで弾いています。


中学生になった僕が本格的に洋楽デビューした頃なので、
鮮烈に印象に残っているんです。
とにかく片っ端からFM番組を録音して、
洋楽を渇望していた僕でしたが、
そこに飛び込んできた懐かしくて新しいサウンド。
とにかくカッコいいんです。


何より「S/T/R/I/P/P/E/R」の年ですからね。
ストレイ・キャッツに飛びつくことは必至。
「S/T/R/I/P/P/E/R」にはロックパイルのビリー・ブレムナーが参加、
そして「涙のラナウェイ・ボーイ」は、
同じくロックパイルのデイヴ・エドモンズがプロデュース。
「ランブル・イン・ブライトン」と「ストリッパー」が似てるとか、
いろいろ妄想をふくらまして聴きました。


ストレイ・キャッツはアメリカのバンドなんだけど、
アメリカはその頃ディスコ全盛で、
こりゃ受け入れられそうにないなと、
英国に渡って活動をはじめました。
若さゆえの原動力ですね。
「Coolかそうでないか」で物事を判断してた、と、
ドラムのスリム・ジム・ファントムは語っています。


英国はパブロック〜パンクの流れで、
エルヴィス・コステロの前座をやったりして、
噂はたちまち広がった。
ストーンズの面々やジェフ・ベックなんかも、
彼らの演奏を観に来たんだって。
特にキースはジーン・ビンセントやエディ・コクランが好きですからね。
50’s、ロカビリーの王道+パンクロックの勢い、
英国の空気がばっちりハマったんでしょう。


そして前述のデイヴ・エドモンズの目に止まり、
レコード作ることになったんですけど、
デイヴ・エドモンズのすごいところは、
ロカビリーという古めかしいサウンドを、
最新の機器を駆使してレコーディングしたことです。
これが「ストレイ・キャッツ」の音になった。


疾走感やパワーは申し分ないけど、
繊細な部分はより繊細。
ギター弾きにとったらテクニックの宝庫ですけど、
歪みを使ってないから完コピの難易度はかなり高め。
しかも歌もうまい。
僕は高3の文化祭でストレイ・キャッツを演奏したけど、
無謀だったと反省しています。


「ロック・タウンは恋の街」のエンディング、
ドラムのリムショットのミスで1発スネアが叩けてない。
1発だけ「タン!」ではなく「カッ!」と鳴っているんだけど、
そのアクシデントもカッコよさのうち。
ちなみにジュリーの「ストリッパー」にも同じような部分があるけど、
あれはスティックでしょうか。


また「気取りやキャット(Stray Cat Strut)」の
鋭いギターの切り込み方には、今も鳥肌モノです。


ジョン・レノンが凶弾に倒れた翌年に、
「涙のラナウェイ・ボーイ」はやってきた。
音楽の流行なんていうのも「時代はめぐる」んだけど、
それはらせん状に未来に向かっているという手ごたえ。
ストレイ・キャッツを聴くたび、そう思います。





 

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猫のはなし

昨年の夏くらいから、我が家のリビングの窓に、
一匹のノラ猫が顔を覗かせるようになった。

元々、日陰で寝そべっているそいつが、
ガリガリに痩せて気の毒だったので、
早朝に息子と釣ってきた小アジをポンと投げてやったら、
黙ってそれをくわえて去っていった。

今までさんざん口ずさんだり耳にしてきた「♪お魚くわえたドラ猫」だが、
現実に見るのははじめてだったので、ちょっと得した気分になった。

しばらく時間が経って、窓の外を眺めると、
そいつがこちらを見上げているのと目が合った。
それでお酒のアテとして買っておいたチーカマを投げてやったら、
ふたたび黙ってそれをくわえて去っていった。

その日以来、窓の外を見ると、たいていそいつがこっちを見ている。
でも人が食べる加工食品を猫に与えるのはよくないという知識もあり、
それなら、と釣ってきた魚を干物にしてやるようになったのだが、
気がつけばその夏は、猫のために魚釣りに行っていたようなものだ。

しかし非情にも季節は移りゆくもの。
秋が深まって夜釣りも寒くなり、苦痛を伴うようになれば、
海に行くのも億劫になってしまい、
とうとうストックの猫用干物も底をついてしまったため、
仕方なくペットショップでキャットフードを購入することにした。

本来、そこまでしてやる義理はない。
というのも、これだけしてやっても懐く気配がまったくない。
せめて「ニヤァ」とでも鳴けば愛着がわくものだが、
エサをもらう立場でこちらをすごく警戒している。
「最初はガリガリに痩せていたのにすっかり見違えるようになった」という、
こちらの自己満足に過ぎない。

ペットフードは袋に小分けされているものを買った。
それをリビングの窓から身を乗り出して、
植木鉢の受け皿に入れてやっている。
警戒心の強い猫は、その間、後ろに非難している。
僕が窓を閉めると、背伸びなんかしながら白々しく近づいてきて、
「たまたまそこにあったエサ」として食う。
自らリビングの窓を覗き込んできて、
僕とはっきり目が合ったとしてもだ。

キャットフード購入の際、ネコ用のおやつにも興味がわいた。
これを手から直接食べるようになったら、
ひょっとしたら癒された気分になるかもと思い、
ジャーキーのようなものを買ってみた。

おやつを奪い取ろうと引っ張ってきたけど、
人の握力に勝てるものか!と僕も抵抗する。
「出た!これがネコパンチか!」と少し癒されかけたかと思った次の瞬間、
そいつは僕に向かって「シャー」と凄みをきかせたと思ったら、
手を思い切り引っ掻かれた。

翌日から割り箸で挟んであげるようになった。
毎回、巧みにそれを奪い取られる。
スキンシップなんてあったものではない。
人間嫌いなワイルドな食欲があるのみ。

でもこの間のクリスマス、ちょっとした出来事があった。
CMでもよく流れているチャオチュール(まぐろ味)というペースト状のエサはすごかった。
あれはネコにとって何だろう、奪い取ることも忘れて、
懸命に舐めとろうとする。
はじめて僕の手から食った!
さらに絞り出してやろうと一旦引っ込めたら「シャー」と怒る。
「アカン、全然癒されへん!」と
こちらの手がつりそうになるのをこらえながら、
一本完食させることに成功した。

でも翌日から普通のキャットフードに対する反応が悪くなった。
チャオチュールは特別な日にあげることにした。

 

ベッピンさんなネコでしょ

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1/16 大阪フェスティバルホール

昨日は大阪フェスティバルホールに行ってきました。
大阪は9月の岸和田波切ホール以来の3回目、
やはりフェスティバルホールはいいですね。


例年だと「正月コンサート」を迎えて、
「これでようやく年が明けました、皆さんおめでとうございます」
となるんだろうけど、記念すべき「50周年イヤー」中、
当初は戸惑ったワンコーラスのアレンジにも慣れ、
今回も存分に楽しめました。


幸運にも2階席の最後列だったため、
「座ってくださ〜い」攻撃もなく、
気兼ねなくスタンディングで盛り上がれました。
さらに今やライブの必需品となった双眼鏡も大活躍、
皆さんもきっと各々そうお思いでしょうが、
僕こそが「一番楽しめた人」だと思っております。


さらに力のこもったMCには、新年早々喝を入れられました。
昨年は個人的にいろいろと「弱り目に祟り目」が続いて、
弱体化の1年だったんですけど、
僕がリスペクトするジュリーのパワーを浴びて、
おかげさまでエネルギーもフルチャージ、
オレもウカウカしてられないゾと背筋がピンと伸びました。
とにかく僕も一所懸命やるだけです。


コレ欲しい!

| 50周年記念 | comments(0) | ブログトップ |
今年もよろしくお願いします

新年おめでとうございます。
本年も「ジュリーな毎日」をどうぞよろしくお願いいたします。


今年はおかげさまをもちまして、
ワタクシが人生デビュー50周年でして、
そろそろ余裕ぶっこいて生きなアカンな〜と思っております。


本職はしがない鍼灸師でして、
そろそろ技術にも風格が出だした昨今、
ひとりひとりとしっかり向き合いながら、
ワン&オンリーの施術家としてやっていきたいと思っています。


鍼灸師としての人生も紆余曲折。
元々、高校のときに「北斗の拳」というマンガと出会いまして、
劇中の「秘孔」なるものにほんのわずかな関心を抱き、
そんな些細な理由でこの道に入りました。


しかし入学早々、
当時の学校や業界の勝ち組たちのすべてが汚らしすぎて、
(同年代の同業者ならピンとくる筈)
中指をたてて過ごした学生時代。
(何しろ当時はパンクロッカーでしたから)


「不正」にはじまり「不正」で終わるような人生展望、
「鍼灸だけじゃメシが食えない」という現実、
もうすっかり「鍼灸」に失望して、
卒業したら他の仕事に就こうなんて思っていた僕でしたが、
そこで出会った一冊の本が「鍼灸真髄」。


実は鍼灸にも幾多の流派がありまして、
「鍼灸真髄」はその中の「澤田流」の創始者、
澤田健先生について書かれた本。

医道乱るれば国乱る
国の乱れを正すには医道を正すに如くはなし


若き僕はそのコトバにシビれたわけですが、
僕がその本にフラフラと導かれたのは、
やはりそのお名前。


ジュリーファンの僕が鍼灸に失望したとき、
「澤田流の澤田健」と出会ったこと。
運命めいたものを感じまして、
そして現在にいたるという、数奇な鍼灸師人生。


これはたまたまの偶然がはたらいただけのことなんですけど、
何の目標も助けもなかった僕にとっては、
これ以上の必然があっただろうかと思っています。


局所の病気だけにとらわれることなく、
全体調整を目的とした治療概念。
本質を見極めることの大切さと、
生命力の尊さとそのエネルギーを信じる重要性。
肩こりだろうが、美顔鍼だろうが、
僕は施術にあたりこの概念をもっとも大切にしています。
つまり僕はあっちでもこっちでも「澤田流」(笑)


人生デビュー50周年も両・澤田流とともに!

 

| 職業、JULIEIZM | comments(2) | ブログトップ |
良いお年を!

今年もなんやかんやで残すところあともう数日。
50周年イヤーということでライブも盛り上がり、
今年は僕の「ジュリーな毎日」も、
いっそうテンションが上がりました。


今年は「THE ANMERS」のメンバーともジュリーのライブに行き、
「どうや!」とばかりに、鼻息荒く得意満面でイバってしまいました。
すごいのはジュリーであって、
僕はただのオーディエンスなんですが、
やっぱり音楽やってる連中がジュリーをみて圧倒されるサマは、
嬉しくて誇らしくて、そりゃイバりたくもなるもんです。


ジュリーのおかげをもちまして、
不肖ワタクシ、「本物」を追い続ける「違いの分かる男」として、
バンド内の株も上がりました。
そりゃそうですよ、小学生の頃からずっと、
何が起ころうが、何が流行ろうが、
ジュリーに感化され続けた人生。


「ジュリーの後ろでギターを弾きたい!」が音楽の目覚め。
そして柴山さんをみて
「絶対にエレキを手に入れなければ!」と思ったのがロックの目覚め。
フェンダーだと思い込んで買った最初のエレキがフォウンダー、
中学1年生の悲しいエレキデビューですが、
以来、ギターを弾かない日はないし、ジュリーを聴かない日もない。
今となれば、しがないアマチュア・エレキ中年(しかも薄毛の!)ですけど、
アンプをどうセッティングすれば
それなりにいい音を鳴らすことができるかを知ってるおっさんだ。


ジュリーの影響でビートルズを聴いた。
ストーンズにハマって、ブルースやソウルミュージックと出会った。
どう整理していいかわからないくらいの量のレコードやCDのコレクションも、
僕の場合、その原点はジュリーにある。
ジョン・レノンやオーティスを難聴になるくらい聴いて、
ジュリーの歌唱法との共通項を発見して、ひとりほくそえむ。


鉄道オタク、通称鉄ちゃんにはいろいろとジャンルがあるようです。
乗り鉄、撮り鉄、模型鉄、技術鉄、収集鉄、駅弁鉄etc・・・。
僕のケースでいえば、
「聴きジュリ」、「弾きジュリ」がメインになるんでしょうか(笑)


で、それは思いのほか、共感を得にくいもので、
なかなか他の先輩ファンの皆さまと意志の疎通もできません。
嫁にすら「またいつものがはじまった」と愛想をつかされています。
何しろ直観勝負でして、
「カッコいい」とか「心にくる」という鳥肌ポイントは、
日々変動型で、たとえば昨夜、「勝手にしやがれ」を聴いて、
何百(いや何千?)目かの興奮がやってくるんです。
あるいは「お月さん万才!」を聴いていて、
急に涙がポロポロ出てきたり、
まあ、一種の病気なんでしょうけどね・・・(笑)。


そればっかりはデータの収集や集積では片づけられない、
一緒に酒でも飲みながらだと、熱く語れるとは思うんですけど、
やはりブログには不向きですよね。
ミナミには一軒、そんな僕の趣向を理解して、
ほぼコンプリートで音源を揃えてくれて、
古いジュークボックスにもEPを何枚か常備してくれている、
最強の隠れ家もあるので、機会があればご一緒しましょう。


幸いなことに、この「面倒くさい発作」につきあってくれる者もいて、
まあ息子なんですけど、
彼も僕の遺伝子を引き継いでおりまして、
藪から棒に「『DON'T SAY IT』のギターってどうやるの?」
と訊いてくる面倒くささ。
「いや、これはジャズやファンクの弾き方で」って実演しながら、
参考までにジョージ・ベンソンのレコードをさがす親父。
こういうのが日常茶飯事な家族。


きっとお正月もこんな風に過ごすことになると思います。
皆さまもどうぞ平和なお正月を!
そして「ジュリーな新年」をお迎えください。

 

 

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都々逸にハマる

最近、ちょっとハマっているのが都々逸(どどいつ)。
七・七・七・五調の音律数で粋な文句に、
チントンシャンとこれまた艶っぽい三味線。


♪三千〜世界のォ〜鴉を殺し ぬしと添い寝が〜してぇみた〜ぁい

♪金のぉ〜屏風に〜墨絵の牡丹〜 中にぃ二ぁ人の〜 狂い獅子


お座敷で芸者さんに聴かせてもらうとか、
そういう贅沢な身分ではありませんが、
なにしろ「情歌」と呼ばれるものですからね、
ニポンゴ、ベリー、ソウルフルネ!


僕の知人でソングライターである艾アツシ氏がいうには、
「ブルースだって12小節A・A・Bの形式のうえに、
ブルーノートスケールという旋律があり、
感情を歌にしているわけで、
都々逸とは赤の他人だとは思えない」とのこと。


たとえば、

あいつは心やさしい女だけれど ひどい仕打ちをしてばかり
あいつは心やさいい女だけれど ひどい仕打ちをしてばかり
おれを殺してみなければ 自分でそれに気がつかない

というような歌詞にA・A・Bの決まりごとがあって、
さらに比喩も多く用いられています。


おれは大釘打ちの名人だ 一本お前に打たせてくれよ×2
俺の名前知ってるやつには おれの釘打ち知れ渡ってる

とか、

彼は私の手つかずのキャベツを茹でて それをすごく煮えたぎらせて×2
それからベーコンを中に入れ 鍋をあふれさせたのよ

などといった感じ。
もっともっとどぎついのもあるけど、ここじゃこの辺でご勘弁。
でも都々逸とブルースの似たような感じ、お分かりいただけたと思います。

 
それに三味線の音色がこれまたいい!
三味線にもさまざまなテクニックがあって、
ブルースギターに通じるようなソウルを感じるんです。
基本的に弾き語り。
三味線の風情のある音や間が素晴らしい。
若い頃はギターをジャンジャカかき鳴らして、大声で熱唱して
「これぞロック!」なんて思っていましたが、
たまにはこういう粋な世界に触れるべきだと思っています。


問題なのは、じゃあ僕がそんな風情のある三味線が弾けるか、
艾アツシ氏も「自分で都々逸を作れるようになりたい」などと言っていますが、
彼にそんな粋な文句を思いつく才能はあるのだろうか。


まだまだ先の長いテーマになりますが、
でも都々逸や小唄にハマって、
また人生が少し楽しくなった気がしています。

(都々逸は1分24秒くらいから)

うめ吉Love!

 

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ロックジェットVol.71

ロックジェットVol.71

さらに依知川伸一さんのインタビュー、
ご自身のBARAKAについてなんですけど、
こちらも大変興味深く読みました。
こういう方のベースプレイで、今のライブは支えられているんだと、
やはりバンドメンバーの記事は必読ですよね。


メインの特集はBOOWY。
僕にとっては因縁のバンド。
何しろ高校3年間の文化祭出演バンドたち、
1年…ジャパメタバンドばっかり
2年…洋楽やるバンドやフュージョンやるやつも
そして3年…ほとんどBOOWYのコピー
ってどういうことやねん!


僕は体制に逆らって、
メテオズ(パンカビリー)やストレイキャッツで応戦しましたけどね、
ウケるわけなかった。
また、U2とかアラームというバンドが好きだったので、
辻仁成率いるECHOESのコピーバンドもやってましたけど、
とにかくまわりは猫も杓子もBOOWY一色の高校三年生。


高3で堺に引っ越して、生まれてはじめての電車通学がはじまった頃。
マディ・ウォーターズのLPなんかを小脇に抱えつつ、
「フン!BOOWYなんか子供の聴きもの」なんて嘲笑するものの、
実はウォークマンで自分もこっそり聴いてました。

 
前に住んでた河内長野の小山田荘園というところと比べて、
堺東はとっても都会。
なにしろモンペはいたおばぁちゃんが
路肩で立ちしょんべんしていないし、
自転車をこぎながらアハハと談笑している口に
カナブンが飛び込んでくることもない。


澱んだ空の下、
イヤホンから流れる「JUST A HERO」や「BEAT EMOTION」が、
アーバンチックにかぶれる僕の優越感をくすぐりました。
キャーキャーいう人たちとは馴染めなかったけど、
確かに僕の大事な思い出です。

 

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アメリカン・バラエティ

ディスコ。
70年代の情熱と官能の坩堝。
ナウなヤングが夜ごとにフィーバー、
それはまるで時代の発情期だ。
とはいえ、その頃の僕にとっての「フィーバー」といえば、
「熱中時代」の主題歌を口ずさむ程度だった。

高校になってミナミの「バンブーハウス」には何度か行きましたけどね、
「フラッシュダンス」や「フットルース」以降じゃ、
アフロでファンキーなノリは体感できないし、
その後のユーロビートは趣味じゃない。
バブルに浮かれていた世代なんて僕は大嫌いだし、
扇子を振って踊る姿なんてむしろ「お気の毒さま」だ。

近頃、僕はCHICのコピーバンドに参加しており、
ナイル・ロジャースのギターをせっせと練習しているのですが、
ある種、修行を思わせるカッティングギターと、
ジャージーなコードのセンスに、ただただ脱帽の日々。

勉強熱心な僕は、CHICのみならず70年代のディスコサウンドなんかも、
聴きたくなるわけなんですが、
あらためて聴くとやっぱりすごいですよね!
もうカラダが自然にもっていかれるというか、
ステレオのボリュームもついつい上げたくなります。

当時のロックはどうだったかといえば、
ストーンズもロッドも、あるいはキッス、はたまたクイーンまで、
やはりそんなディスコサウンドに傾倒してました。
当時の彼らはニューヨークのノリなんですよね。

つまり「ロック→ニューヨーク→ディスコ」という、
安直な僕の連想があるわけです。
そしてそれを日本の音楽シーンにも当てはめてみると、
ヒット曲は見事にそんな感じなんですね。

さて前置きが長くなってしまいましたが、
じゃあ「ジュリーとディスコ」についても考えてみたくなります。
ドンズバな作品としてはやはり78年の
「LOVE〜愛とは不幸をおそれないこと〜」収録の
「アメリカン・バラエティ」が挙げられます。


この作品、実は我が家で再生する頻度が比較的少ないんですよ。
僕のイメージでは「演歌」ですからね。
「♪一人酒、手酌酒〜」という気分に浸りたいときに聴く用みたいな。
ただ、自分よりデカい男がこたつでゴロリと寝転んで、
嫁がうとうと居眠りしている平和な我が家のリビングでは、
なかなかそんなシチュエーションにはなれなくて・・・。

さてこのアルバム、
「思いきり気障な人生」
「今度は、華麗な宴にどうぞ。」
ときてトドメの一撃。
叙情的かつハードボイルドな阿久ワールド全開。

若い頃は「オイラまだ子供だから分からないや」と思ってて、
気がつけばもうこんな年齢になってしまいました。
この3作品の歌詞の世界観に馴染めない自分の未熟さが恥ずかしい。
(といいつつ、ジュリーの声やサウンドは楽しんでいるんですよ)

で、「LOVE〜愛とは不幸をおそれないこと〜」には、
ノリのいいロックチューンが少ないなぁ、さびしいなぁと思っていたら、
いやいやどうして、「TWO」はダイナミックだし、
「アメリカン・バラエティ」なんてまさにフィーバー、
矢島賢さんのギターがロックしてます。この人はすごいギタリストだ!

「アメリカン・バラエティ」のまったく意味のない歌詞。
これぞ僕のイメージする「ロック→ニューヨーク→ディスコ」だ。
ディスコミュージックの歌詞に意味なんていらん。
「勝手にしやがれ」の英語版も、歌詞なんて関係ない!
おもろければOK!関西人はニューヨーカーか?

でもね、ホントそうなんですよ。
CHICのヒット曲の数々だって、
ロッドの「アイム・セクシー」やストーンズの「ミス・ユー」だって、
そんなたいしたことは歌っていません。
クイーンの「地獄に道づれ」はちょっと物騒な歌詞ですけど。

そんな「アメリカン・バラエティ」の歌詞に出てくる、
自由の女神、ミッキーマウス、ポパイ、スーパーマン・・・。
きっと阿久さんはじめ、日本人があこがれていたアメリカのイメージなんでしょうね。
自由の女神がディスコでフィーバー(笑)
僕は1989年の映画「ゴーストバスターズ2」を思い出してしまう。
「Higher and higher」でノリノリ。


ということで、師走にむけて、
「アメリカン・バラエティ」のゴキゲンモードで風邪予防!

 

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近況報告
49歳になって、自分のバンド活動に力を入れています。
THE ANMERSと、Chic Family Osaka。

とりわけ僕がメインとなるTHE ANMERSのほうは、50歳までにCDを作る目標がありますから、都合がつく限り、スタジオでセッションを重ねています。

また、このバンドはオリジナル曲で勝負しますから、作詞・作曲、そしてアレンジも頑張らなければなりません。
曲づくりは僕ではなくて、艾アツシ氏にお任せしているのですが、他メンバーも詞を提供してくれたり、なかなか愉快な展開です。

今回のコンセプトは、僕の大好きなギタリストやロックに、敬意と感謝を込めたプレイを目指します。

と、まあ、自らハードルを高くして、プレッシャーを与える!
「ギターマガジンの取材を受ける自分」なんて妄想するのも密かな楽しみ。


↑足元(エフェクター)はこれでいきます!
 


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