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「夏のヒロイン」
(どうしてこんな記事を書いたんだろう・・・)


♪夏が来れば思い出す〜中学時代の夏休みのことを。


中二にもなれば、そろそろ高校受験のことを考えて学力アップ。
少なくとも今まで受けてきた授業の中で、
「ちんぷんかんぷん」なことはないようにと願うのは親心でしょう。
何しろ僕の英語の理解力なんて、黒船来航に脅える浦賀の庶民レベルで、
単語や文法よりも、マイクとケンの人間関係が気になり、
ニューホライズンの教科書に文学的な要素を求めてしまう的外れな子供で、
「こいつら、くだらんこと喋ってんなよ!」とか、実は本気で思ってました。


惨憺たる通知表の結果に驚いた親の命令で、
僕は夏休み限定の塾に通わされることになりました。
せっかくの中二の夏休みですから、
よく寝て、よく遊んで、異性に目覚めて、
着々と不良の階段をステップアップするのが、
本来の正しい夏休みの過ごし方。
勉強なんか、自分が学びたいと思うときに、急速に伸びるもので、
押しつけられてやるもんじゃない。
そう思い続けて40年余、今では学びたいと思っても、
むしろ忘れていく速度がマッハ級です。
やっぱり脳が柔らかいときに勉強しなきゃね、
脳どころか、頭皮まですっかり固くなってしまった今日この頃・・・。一足先に枯れ葉散る季節に突入しています。


友達と同じ地元の塾に通わせたら、
どうせまた問題を起こすだろう。
数か月間の月謝を全額パックマンにつぎ込んで以来、
僕の信用度はすっかり暴落してしまっていて、
今回は電車で数駅の、何の縁もない町の塾に送り込まれてしまいました。
しかも塾といっても、普通の民家で看板も出ていない。
今でいうところの「隠れ家的サロン」ですね。
怪しげなセールスマンみたいに呼び鈴を鳴らして、
家の中に入れてもらうシステム。
いかにも70年代チックな庶民的な応接間に長机を2本ひっつけて、
4〜5人の生徒が正座をして問題集をやらされるんです。


これがけっこうバツが悪い。
僕以外の生徒は、その地元の男女仲良しグループみたいな感じで、
その輪の中に入っていくバイタリティは昔も今も自分にはありません。
おばちゃん先生に紹介されても、小声で「どうも」と挨拶、
連中も「ふーん」っていう感じで、取り付く島がない。


初回は学校の通知表を持参して、
おばちゃん先生に見せなければならなかったのですが、
開口一番の大きなため息が、
ちっぽけな僕のプライドを奈落の底へ叩きつけました。
「ふぅ〜困ったねー」
「テヘ(笑)」
というシュールな場面が、他の生徒に与える影響ときたら。
みんな中二の問題集なのに、英語初心者の僕は中一からです。
恥ずかしいから、無理でもみんなと一緒がいいのに・・・。


そうなると被害妄想というのかな、
連中の小声の会話やクスクス笑い声が、
僕に対する失笑に聞こえてしまって、
もう勉強どころではありません。
シャーペンの芯が折れる、消しゴムを落っことす、
お腹がグルルと鳴る。そもそも僕は身長の割に座高が高い。
それらすべてが「嗚呼ワタシはこんなにブザマな人間です」と
表現してしまっているような情けない気分になり、
中一の英語の問題集を先生に採点してもらっていると、
ペケだらけのそれを覗きこまれているような恥ずかしさ。
帰りたい、早く帰りたいと、頭の中はそればかり。


「ちょっと休憩しましょう」とジュースと洋菓子が出た。
お盆に手を伸ばすのさえ恥ずかしい僕。
すると女子のひとりが「はい」と僕の前に並べてくれながら、
「なーなー、何中?家どこ?」と声をかけてきました。
その頃からですね、僕がそういう女子に弱いの。
うつむき加減でひとつひとつ質問に答えていくごとに、
さっきまでの緊張が一枚ずつめくれていく。


彼女の顔はまだ直視できないけど、
雲間から射す陽が氷を解かすように、
明るくうちとけた雰囲気の彼女にしだいに癒されていく。
他の連中も会話に乗ってきて、和気あいあいとした憩いのひととき。
まんざらでもない彼ら彼女らと、この夏休みの間、
うまくやっていけそうな気分になってきました。
心の中で「女神や、この子は女神サマや」と彼女に感謝感激、好感度が急速アップ。
しおれていた花が光射すところに向くように、
ごく自然に、♪ラララと満面の笑みで彼女の顔を見上げると、
「ワレ!鼻毛でとるやないけ!」


あの気まずさ、一瞬で再び暗雲立ち込める心情。
ティーンエイジャーの淡い恋心を瞬時に断ち切る強烈な破壊力。
鼻毛、恐るべし。
「ちょっとキミ、鼻毛出てるよ」
「えっ、嘘?イヤだ、アタシったら」
「アハハ」
「ウフフ」
という会話が成立しないことは、ウブな僕でも分かっていました。


ただ、目が離せないんですよね。
魔力を秘めた目印みたいに、彼女の鼻毛は僕の視点を独占する。
まるで冒険の地図の矢印が「ココ」と指し示すように、
あるいはターゲットスコープにロックオンされた獲物のように、
彼女が笑うたびにゆさゆさと揺れる鼻毛は、
僕の視界を奪い続けるのです。
デリカシーがないわけではないんだ。
見てはいけない気まずさを凌駕する動物的な条件反射で、
そよぐ鼻毛に見惚れてしまっている僕。


「あ、河合奈保子好きなん?」
僕の下敷きに挟んだ雑誌の切り抜きを発見して、彼女は言う。
「アタシ、河合奈保子に似てるって言われたことあるねん」
頼むからもう何も言うなよ。
目をそらし気味に「うん、まあ」と答えるしかない。
ついには、鼻毛を揺らしながら、
全然似ていないモノマネをはじめやがった。
先生!休憩もう終わりましょう!


その夜、僕は河合奈保子の切り抜きに鼻毛を書いてみた。
うーん、信じられないほど間抜けだ。
いくら可愛いいアイドルでも、鼻毛を書き加えたら、
「コミカルさん」になってしまう。
僕は熱病に浮かされたように、
小6から集めていたあらゆるコレクションに、
鼻毛を書いてしまいました。
笑顔の奈保子、アンニュイな奈保子、歌う奈保子・・・。
しかし、お気に入りの切り抜きも、
とっておきのポスターも結果は同じ、
ああ、何ということになってしまったんだ。
鼻毛写真に囲まれて、僕は途方に暮れるしかありませんでした。


だけど、このお話で一番とばっちりを受けたのは、
夏のヒロイン、河合奈保子さんだ。


この鼻毛の一件で僕は、
人って案外、相手を見ていないことを知った。
イジイジ、コンプレックスを抱くのはやめよう。
明日から座高が高かろうが、お腹が鳴ろうが、英語が苦手だろうが、
きっと連中は気にしていない。
きっとあの子だって、自分の鼻毛に気づいて、
明日は抜いてきてくれるだろう。


翌日、彼女の鼻毛は反対側の鼻に移動していた。

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