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暗黄褐色ノ蟲ノ恐怖

(先日のタカラダニの記事、いまだに閲覧数が多いんですが、皆さま大丈夫でしょうか?折しも本日は6月4日。実はもう何年も前から、僕はムシの日には少し敏感でした。ムシの話が苦手な方はムシしてください)




 あれは私がまだK市にある市立中学校に通いだした時分のことでした。当時の私は剣道部に所属したての新入生で、放課後になると、小学校では体験したことのないような運動部特有の理不尽なシゴキの洗礼を受けて、全身の筋肉と心の内に鬱憤を溜め込む日日を過ごしておりました。


 今もなお、手掌や足の裏で潰れた肉刺(マメ)と、上級生に竹刀で打たれ続けた二種類の痛みが、とある「匂ヒ」の記憶と共に私の脳裏に焼き付いて離れません。

 

 中学生の発育にはかなりの個体差があります。華奢な新入生の私から見る面皰顔の一歳二歳上の先輩は完全に「年配者」であり、私や同級生にはない大人の匂ヒが分泌されておりました。


 そんな先輩達に「面」を打ち込まれると、鼻腔から頭頂部に抜けるツンとした痛みと、土臭い体臭によって、一瞬思考が眩んでしまいます。軟弱だった私はその粗野で横暴な上級生の匂ヒが大嫌いでした。


 さて我が剣道部は、他の運動部と違い部員の半数が女子部員で、私は入部当初から二年生のS先輩のことが何となく気になっておりました。美人とは云えないのですが、上下関係や礼儀作法が厳粛な剣道部において、後輩にも分け隔てなく笑顔を向けてくれる先輩でした。併し其の優しさとは裏腹に、ひとたび稽古がはじまると表情が嶮しくなり、下級生にも一切の手加減はありません。

 

 私がS先輩に惹かれた理由は、彼女の放つ体臭でした。稽古が激しくなると、色白の肌がほんのり赤みを帯びて、小柄で柔らかい身体からは、ゴツゴツした男子部員とは全く別次元の、いい匂ヒが漂ってくるのです。それは他の女子部員にも感じないものでした。男子には縁のない石鹸や洗髪剤、あるいは胴着についた洗剤のものなのか、花香調の清潔な香りと、本格的に第二成長期を迎えた女子から発せられる汗と体臭が、奇跡的に調合されたとでもいうのでしょうか。「女性はいい匂ヒがする」という言葉は前から知っておりましたが、郷愁に駆られるような彼女の甘酸っぱい体臭こそが正にそれなのではないかと、未熟だった私の心はきゅんと脈打ち乱れるのです。


 S先輩に稽古をつけてもらう度、私はその匂ヒに魂を奪われたように、嗅覚以外のすべての機能が停止して了います。ただただ木偶人形のように、荒い竹刀の猛攻を受け続けるしかありません。友人がそんな私を見て、「運動神経も悪くないお前が女子に打ち込まれ放題とはみっともない」とからかうこともありましたが、身体が硬直したように動かなくなるのだから、仕方がないのです。

 

 仮にこれが他の女子部員だったら、打たれる前にこちらが手心を加えた上で攻撃できます。入部して一月二月も経てば、そのくらいのコツは身についています。私は「出小手」という「後の先」の技を最も得意にしておりましたから。

 

 面越しに見えるS先輩は怒ったような眼光で容赦なく打ち込んできます。時にはもっとしっかりせよとばかりに一度に何度も私の面を叩くのですが、金縛りにあったように為すすべもない私は、ただ鼻孔を広げ、主の体臭に酔いしれながら、鞭を求めるだけの醜い動物に成り下がって了ったのでしょうか。

 

 6月のある日、稽古の休憩時間に事件は起こりました。私はS先輩に体育館の外に呼び出されました。風通しの良い正面玄関脇のヒンヤリとしたコンクリートの石段に座った彼女の胴着はぐっしょりと汗ばみ、いつも以上にいい匂ヒがしました。先程の無気力な動きを叱責されるのだということは安易に想像できましたが、叱られることすら私には悦びであり、S先輩にならどんな屈辱的な罰を云い渡されても、忠実に服従したい気持ちで一杯でした。

 

 ところが若干の興奮をおぼえつつ期待していたお説教は叶いませんでした。「あんたなぁ・・・」と話し出したS先輩の白い胴着の胸元に、私は暗黄褐色の点を発見して了ったのです。「あっ」と指差すと、異変を察知した彼女の顔が途端に困惑と嫌悪の表情に変わりました。 


 暗黄褐色の点とは、もう聡明な読者ならお分かりでしょう。体長5ミリほどの丸く小さな昆虫。羨ましくも先輩の汗ばんだ胸元に、一匹のマルカメムシが留まっているのです。勝ち気なS先輩がごく平凡な女子に戻り「嫌ぁ!」と叫んだところで、私たちはまわりをみてさらに驚愕しました。大発生したマルカメムシが体育館の外壁や溝に、所狭しと無数に張りつき、蠢いているではありませんか。

 

 先輩は取り乱しながら、胸元の蟲を払いのけようと必死です。なるべく負担をかけず穏便に追い払わなければ、カメムシは独特の汚臭を放ち身を守ろうとします。ふぅふぅと息を吹きかけたり、胴着を軽く揺すったり、自然に飛び立たせるべく促すのですが、なかなかうまくいきません。

 

 さらに私は、立ち上がった先輩の袴の臀部に、押し潰されたマルカメムシの残骸を発見して了ったのです。驚く間もなく、瞬時にして脳天を貫くようなカメムシ特有の防御臭に包まれ、私は気が遠くなっていくのを感じました。

 

 其の出来事により、私にとってS先輩は、他の先輩達と同じになって了いました。あれ程心を虜にした芳しい体臭も、嗅覚受容体が拒絶してしまうのです。稽古で彼女と交える私の切先は一段と鋭さを増したかも知れません。もう不甲斐無く身体が動かなくなることはなくなったのです。

 

 それで済めばまだ罪はないのですが、事あるごとに「何か臭うぞ」とS先輩をからかい、彼女の頬にある黒子を指差しては、「カメムシ留まってる!」と非道いことを云った記憶もあります。暗黄褐色の蟲どもは、デリケイトな思春期のデリカシィを残酷に破壊して了ったです。

 



 そんな私の繊細な傷心と、その恥ずかしい経緯が、彼女に悟られていなかったことを切に願い続けて早や36年、S先輩はいまどんな匂ヒがしてるんだろう。先輩、かく言う僕は加齢臭を撒き散らしています。

| 親友Tさんのこと | comments(5) | ブログトップ |
お久しぶりです。
息子さんの感動的なジュリーを聴いたばかりの耳の心地よさを疾風迅雷のようにいとも容易くはね除けて下さいました。

ありがちな思春期の少年少女の微笑ましい映像が思い浮かび、確かに剣道は面で視覚が遮られる分、嗅覚が研ぎ澄まされるかも、、、とか思ったところで…。

今日の吉本親子さまには、充分五感を刺激して頂きました。
Posted by: Mariko.K |at: 2020/06/04 5:37 PM
Mariko.Kさん、お久しぶりです。
定期的にアホなことを書かないと具合が悪くなってしまいます。

愚息の弾き語り、ご覧になっていただき、ありがとうございます。僕にいわせればヤツもまだまだなんですけどね。人様に歌をお聴かせするには人生経験が足りてません。もっともっと失恋を重ね、いろいろな後悔を背負ってこその「味」だと思います。カッコつける前に、とりあえず生活費を入れろ、と言いたいです、親として。

カメムシの臭いでこれだけの長文が書ける僕は苦節51年、「味」がしみすぎて煮詰まってしまいました。
 
愚息共々、これからもよろしくお願いします。
Posted by: yasutomi yoshimoto |at: 2020/06/04 6:35 PM
(笑い)生活費は入れて貰わにゃなりませんね。

息子さま、経験はまだまだお父様には敵わない事でしょうが、好感の持てる真っ直ぐな綺麗なボーカルですね。
丁寧な演奏からは、楽曲へのリスペクトを感じます〜。
じめじめっとした失恋や泥臭い後悔等は本当に必要ですかぁ?
応援しています。
Posted by: Mariko.K |at: 2020/06/04 9:59 PM
Mariko.Kさん、それがブルースです(笑)難しいんですが、パパとしてはそれを息子に遭わせたくないんだけど、同じ男としては、苦渋を舐めて来いよ、と。

息子をひどい目に遭わせるものはパパとして許しちゃおけませんが、せっかくの人生、艱難辛苦を乗り越えてこそ、共感できるものもあり、お酒も音楽も心地いいと、親父心がいうのです。

もう、完全に破綻した考えですけど、パパと親父のバランスって難しい。例えば、「オレが築いたこんなぬるま湯からは出てけ、そして自分で一から築け!」という気持ちと、「ずっと一緒に楽しくやろうぜ」という「ジキル博士とハイド氏」のような感情が、日々、ウンザリするくらい男親を悩ませているのです。

星一徹とバカボンパパ、僕はどちらを取るべきか悩みながらの、ちょっとバカボン寄りの我が家です。
Posted by: yasutomi yoshimoto |at: 2020/06/04 11:03 PM
笑。了解致しました。
Posted by: Mariko.K |at: 2020/06/04 11:43 PM









 

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