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フェイント


フェイント (feint)とは、
球技や格闘技などで、相手を惑わせるためにする動作。
予測と異なる行為で敵の虚をつき、欺く技である。

しかしこれは、スポーツの世界に限ってのものではなく、
我々がふだん何気なくやり過ごしている日常にも存在する。
そしてその技を巧みに使いこなせる者と、
相手のフェイントをあらかじめ想定できる者が、
対人関係の成功者といえよう。



あれは僕が中学生の頃だった。
その日はちょうと今頃の時季、昼休みが終わって5時間目のこと。
春風がそよそよと教室のカーテンを揺らし、
遠くの空からセスナ機の飛行音に混じって商店街の宣伝が聴こえている。
定年間近の老教師の声も子守唄のように淡々で、実にのどかだ。
 
教師からの問題は座席順に当てられるようになっており、
この調子なら当面の間、自分の番ではないと高を括っていた僕は、
春眠暁をおぼえずの言葉どおり、午後のまどろみに包まれていた。

授業中の居眠りには、机に突っ伏して眠る方法もあるが、
これだと額に変な線が残ったり、
机の上やノートが涎まみれになるおそれもあり、
女子からキモいと嫌われるかもしれない。
ナルシストの僕には許されることではない。
僕は両腕を腹部で組み、
教科書を枕にして、首だけを真横に向けて寝るタイプだった。
このポーズの最大の利点は、居眠りを指摘されたとき、
「腹痛」をアピールでき、
あわよくば保健室のベッドに栄転できる可能性もあることだ。
逆に難点は、無防備な顔をさらすことであるが、
僕の場合、母性本能をくすぐる寝顔なので(自分では見たことないが)、
問題ないだろう。

いつものように真横を向いてウトウトしはじめた。
上まぶたが鉛のように重たいが、さすがに熟睡はしない。
ただこうして眼輪筋の力を抜きながら、
思考を停止していることが気持ちいい。
時々無意識に右の薄目を開けると、
隣席の女子の横顔が見える。
黒板に書かれたものを、懸命にノートに書き写している。
こんなに昼寝に適した環境でも、
ちゃんと授業を受けるなんて、
真面目だなぁ、立派だなぁ、尊敬しちゃうなぁ。



彼女のことは今まで恋愛対象と考えたことはない。
どこに住んでいるのか、交友関係すらあまりよく知らないが
きっと「おとなしい子」たちのグループだ。
隣席のよしみで、シャーペンの芯をもらったり、
教科書の朗読の順番がまわってきたとき、
いま何ページの何行目かを教えてもらう程度の、
ほんの「おとなりさん」の付き合いでしかない。

しかしこうやって夢見心地で彼女の横顔を眺めていると、
ただの「おとなりさん」が徐々に綺麗に見えてきた。
白い肌、サラサラの黒髪、通った鼻筋・・・。
「あれ?今まで気づかなかったけど、
この子ってこんなに可愛かったんや」
不覚、こんなに近くにいる彼女の美貌を、
僕はいままで見過ごしてきたのだ。

心のどこかがきゅんと締めつけられる感じがする。
それはさながら白昼夢に突如現れた天使。
もはや眠りどころではない。
睡魔はすでに吹き飛んで、
僕の全神経は、彼女の存在に奪われてしまった。
ルーベンスの絵の前で横たわった少年も、
僕の「おとなりさん」を見たら、
息を吹き返したかもしれない。

彼女のことをもっと眺めていたいのだが、
いくらデリカシーの無い中坊でも、
パッチリを目を見開いて女性を凝視することは、
マナーに反することくらいは承知している。
だからこのまま寝たふりと間歇薄目を続けよう。
人知れず彼女に見惚れるのだ。
この突然音もなく芽生えた小さな恋心を、
大輪の花にするために。

いずれ終業のチャイムが鳴り自由の身が戻ったら、
さりげなく彼女に何か話しかけようと、
僕はこれまでの中学生活を思い返して、
彼女と共有できそうな話題を必死に探すが、
残念なことに何も思いつかない。

どうでもいい女子とは、
さらにどうでもいい馬鹿話も容易くできるのに。
「ミニおっぱいキャンディーって知ってる?」なんて、
ついさっきの昼休みも、
アホな女子たちと盛り上がれた僕なのに。

「ああオレはこんな可愛い子とは、シャー芯だけのおつきあいか!」

心の中で地団駄を踏んでいると、
突然、僕の前席の奴が椅子を引いて立ち上がった。
座席順が思いのほか早く進んだようだ。



前席のMは、授業中に居眠りすることもなく無遅刻無欠席、
ノートも提出物も真面目にきちんとこなすのに、
なぜかいつも僕より成績の悪い男だ。
今回も国会質疑に応じる税金泥棒よろしく、
「・・・分かりません」
と、消極的な答弁をする。
「次!」
教師は次の回答者を指名する。

瞬時に僕はこれはチャンスだと思った。
彼女にこっそり答えを訊こう。
授業が終わったら、
「さっきはありがとう」と話しかけてみよう。
チャンスをくれてありがとう先生、
そしていつも愚かなM、サンキュー、
もはや君のブレない愚かさは老舗の域だ!

Mが立ち上がった段階で、
どうせ奴の回答が「分かりません」なのは察知していた。
僕はすぐさま小声で彼女に、
「何?何?こたえは何?」と尋ねた。
こういうクレバーな機転をはたらかせることに関して僕は天才だった。

彼女は表情を崩さず、小さな声でたった一言、
「・・・メソポタミア文明」と教えてくれた。

偉いぞハニー、
教師にさとられず答えを教えてくれるなんて、
なんてよくできたオンナなんだ、君は。
押しつけがましくしゃしゃりでてきて、
大声で教えてくるタイプもいるが、
そういう世話焼きは単に
「バカなアンタにワタシが教えてやった」、
という自身の点数かせぎに他ならない。
結果として教えた相手に恥をかかせることになる。

たとえば人前で
「お父さんまた便器の外におしっこ溢したでしょ!」という嫁は、
己の献身と清潔好きを第三者にアピールしているだけだ。

無神経な女の打算的な偽善のせいで、いつも男は恥をかく。
それにひきかえ僕の新しい恋人は、男を立てるタイプだ。
腹話術の名人のように無表情のまま最高のパスをくれる。
結婚したら黙って財布にお金を足しておいてくれる嫁になるだろう。

そんな彼女のナイスなフォローに感謝しながら、
教師の「次!」という声にかぶせ気味で、
僕は堂々と立ち上がり、
得意げに「メソポタミア文明!!」と答えた。
そして声に出してしまってから、
今が「数学」の授業だったことに気づいた。



あっと気づいたときにはもう遅い。
本当は「メソ」くらいで気づいたんだけど、
残りの「ポタミア〜」も止めることはできなかった。
そして僕の口から飛び出した太古の文明は、
もう体内に戻すことはできない。

教室が一瞬、静寂に包まれる。
そしてさっきまで世界一のララバイ奏者だった老教師の、
「何、寝とぼけてんねん!」という怒鳴り声。

僕は彼女の片方の口角が、
異様に引きつるのを見逃さなかった。
天使だと思っていた彼女は、実は悪魔だったのだ。
やりやがったな、このアマ!
おとなしい顔してるくせに、
このオレ様をコケにしやがって!

しばらくの間、僕は同級生から「メソポタミア」とからかわれ、
チグリス・ユーフラテス川の壮大な流れに思いを馳せることとなった。

ジュリーの新曲「ISONOMIA」というタイトルで、
なぜはそんな苦い経験を思い出した。
・・・って、「ミア」しか合うてへんやんけ!

 

 

| 埋没(my ボツ) | comments(4) | ブログトップ |
隣りの女子の麗しい横顔が(彼女が意図するしないに関わらず)yasutomiさんにとってのそれだったと言う事なのかな?

柔道少年だった?のでしたよね、汗臭い中坊が色白美少女にフェイントをかけられ、束の間の恋は一瞬にして砕かれてしまったのですな。

見事に1本取られてしまったyasutomi少年、おバカさんでしたね。(^ー^)

Posted by: Mariko.K |at: 2017/04/13 9:59 PM
中学時代は剣道部だったけど、英国ロックにかぶれたニューウェーブな子供でした。ド田舎の中学だったので、エレキを弾くヤツなんて僕一人。

モテて当然、なんて勘違いしまくってた僕でしたが、思わぬ伏兵に一本とられた話。この頃の恋愛なんて儚いですね。

イソノミヤというタイトルを耳にするたび、なぜかこの「メソポタミア事件」が脳裏をよぎります。トラウマなんでしょうね。
Posted by: yasutomi yoshimoto |at: 2017/04/13 10:55 PM
(笑い)きりかえしの稽古でさぞ打たれ強かったのでは?と思えるのに。

ジュリーのライブではその記憶が過りませんように。

ところで、イソノミヤ とは何の事なのでしょうか?常識的に多数の人が理解している語彙なのですか?
Posted by: Mariko.K |at: 2017/04/14 12:25 AM
イソノミア、僕も調べましたよ〜。
コトバも意味も難しいですが、そういうタイトルをつけるジュリーの博識には頭が下がります。
きっとたくさん本を読んでいらっしゃるのでしょうね!

※イソノミアとは、自由と平等が対立せず、
自由であることがそのまま平等であり、
逆もまた真である、ような政体である。
イソノミアは、アメリカ合衆国の草の根民主主義に近い。
アメリカでは土地を持たない独立自営農民が、その担い手になった。
これは、商工業者を軽蔑する、
アテネの「農民=戦士」的デモクラシーとは異なるものであった。
(Wikipediaより)
Posted by: yasutomi yoshimoto |at: 2017/04/14 12:32 AM









 

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